幼な子がほおずりし、誰もがめでた東北の玩具




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川連こけしの歴史
川連こけしは秋田県湯沢市皆瀬の木地山地区を中心とする木地山系といわれるこけしです。
木地山に木地師が入ったのは江戸時代後期とされています。小椋姓の木地師一団が豊富な良材を求めて、山麓に入った後、飛騨、信州、近江などからも木地師が数多く入ったと言われています。
はじめは、漆器用のものを挽いて川連の漆器産地へ木地を供給していましたが、明治になり林政の改革が行われ、伐採の自由がなくなり、大半の木地師は山を下り、川を下って川連へ住みつきこけしを作り始めたのが現在の川連こけしのはじまりと言われています。
初期の木地山こけしは、鳴子のような胴と頭部の嵌込みのものが多かったようです。
川連こけしの特色
川連こけしは胴体と頭部が作り付けで、頭部には、大きい前髪、髪に赤い手絡(日本髪で、髷(まげ)の根元にかける飾りの布。)、後頭部にはつん毛を付けたものが多いようです。
胴は前垂模様が有名で、山水画風の菊の描彩が人気高く、小椋一族の流れをくみ、多数の小さい花を散在させた独特の模様や、縞模様の着物をつけたこけしなど、伝統こけしの形を守りながら工人の努力がみられる作品も多く見られます。
今では、秋田におけるこけしづくりのふる里になっています。
【問い合わせ】
湯沢市産業支援センター TEL:0183-78-5100
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